Meisterwerke

取材の仕事

元々は、物を書く仕事に就きたかった。
その一つとして、大学院に行けばちょっとは近くなるのでは?と思い、大学院に進学した。
けれども、自分が「書いてみたいこと」と研究で「書かなければならないこと」とでは、若干の温度差があった。
結局アカデミズムの世界は、修士の2年で追えることになった。

その後、仕事を始めるようになり、形は違えども、物を書いて、それでお金をもらえるようなことをやれている。
ありがたいと言えば、ありがたいものである。

そんな中、ある編集プロダクションの方と知り合ってから、年に1回くらいではあるが、インタビュー取材の仕事をいただいている。
今回は、キャスティング含め手伝ってもらえないか?とのことで、お話しをいただいたのだが、キャスティングの方は先方都合でNGとなってしまった。
パッケージだろうから、キャスティングがなければライティングだけは来ないだろうな〜、と思っていたのだが、予想に反してそちらの仕事だけ依頼されることに。
二つ返事でOKをした。

今回の取材対象者は、ボクシング・元WBCフライ級チャンピオンの内藤大助さん。
取材前に、いろいろと調べていたときに、初めて「同じ年」であることが分かる。
もちろん、そんな話はしなかったが、「同じ年」というだけで、こちらは勝手に親近感がわいてくる。
楽しみにしながら、当日を迎えた。

取材をさせていただくとき、相手がどっちのタイプなのか…。
それが一番気になる。
①語りたいタイプ
②質問にだけ淡々と答えるタイプ

個人的には、①のタイプの方が好きだし、進めやすい。
でも、話を引き出していくために、時間が掛かってしまう欠点がある。
内藤さんもこのタイプだった。

ただ、悩ましかったのは、インタビューの時間制限があったこと。
話が切れないままに、結局大幅に時間オーバー。
マネージャーさんに後々聞いたところ、「事務所としての仕事は、今日はこれが最後でしたから」と。
終わって安堵の取材だった。

内藤さんと言えば、やはり「いじめ」の話になる。
壮絶だったんだな。
その一言しかない。
いじめに関する詳しい話は、自著『いじめられっ子のチャンピオンベルト』に書かれている。
(アマゾンでは新刊を買うことは出来ないみたいですね…)
書かれている言葉と、本人の口から語られる物とでは、重さは違うように感じられた。
大人になっても、そのトラウマは生き続けていたという…。

内藤さんがボクシングを始めたのは、20歳近くになってから。
どちらかと言えば、遅い方なのではないだろうか。
小さな時から、お母さんに褒めてもらえなかったという。
褒めてもらうことに意地になっていた。
だから、「いじめ」から解放されたいから始めたボクシングには、これまでに無いほど夢中に取り組んだ。
日本チャンピオンになり、東洋太平洋チャンピオンになり、そして…。
三度目の挑戦にして、世界のベルトをつかむことになる。
世界の頂点に立ったときに、意地は報われたことだろう。
でも、ここでもお母さんは「褒めては」くれなかったと。

内藤さんの場合は、親の厳しさをモチベーションに代えることができた。
その結果、世界チャンピオンという唯一無二の存在に輝いた。
自分も子育てをしていて思うことがある。
「アメ」と「ムチ」をどう使い分けていくのか。
これは、個人としてだけでなく、「夫婦」としての使い分けということも出てくる。

内藤さんの話を聞いて、もっとやらないといけないと思ったこと。
子供と語り合う時間を作ると言うこと。
日々のコミュニケーションを通して初めて、子供の移り変わりもちゃんと分かるようになれるに違いない。

「いじめ」のない世の中に。

その一歩が、親子のコミュニケーションだと信じたい。

↓借り物なので、写真だけ…。

内藤大助さんサイン

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